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和田が安倍への書簡に×印を付けて添付した森田の回答(10 20 相馬屋製2枚)には、×印の前に数行書かれているので、まずそれを。

外の訂正は二三を除く外は皆訂正に從ひました。その二三の中には

一、貴下の暗示によつたのもある。
再びの び を生かす如き。

一、小生の確信を通したのもある。
長夜(ながよ)の灯影(ほかげ)を ちやうや の様にしたるが如き。

以下、×印の箇所

しかし、この築地ばかりは何とも決定が着きません。築地(ついぢ)とすると意味を生ずる。その意味が当つてゐるか否か分からない。
寧ろ 築地(つきぢ) として何の意味やら分からん方がよくはないかと信じます。(山の手から遠い海岸の築地まで打つちやりに行つたのではないかとも思はれます。その意味の方が ついぢ よりはいヽと確信します。) しかしこれを決定するには、何か故事(話家のやうな)でなきかを関根正直さんか三田村蔦魚のやうな江戸通にでも聞いた上で決定して下さい。この人たちにも分らないかつたら、私は 「つきぢ」 を主張します。

(筆者注: ここには森田流の考え方、本文の決定をある意味読者にまかせる、といった、私などには無責任に思われる校訂者の姿勢が出ている。これまで見てきた和田には、とうてい容認できなかったであろう。)

次の『猫』についての便せん3枚(和田が阿倍に宛てたものと同じ便せん)は、和田の質問の横に回答が朱で記入されている。この朱はたぶん安倍だと思われる。

二二九=九  九年立つても月給は上がらず。 いくら……

の  は如何ですか。 初(初版)が此通りですから斯うされたものとは思ひますが、   、  にしなければ下の文との對句の味がなくなつてしまふ樣に存じます。或は見方によつて     に却つて意義が御座いませうか。 (下の句、「くれず、」とあり)

回答: 月給は上がらず で 一寸感慨したと解すれば  は救はれると思ひます。かうやふのは、成るべく変へないことにしたい。

一四六=七  a (イタリク)は角度を示すもので 初(初版)には a  となつて居りますが、
同じく迷亭の話で、 一〇八=一一 の角度は α で示されて居ります。そして之は 初 も α となつて居ります。
一四六の a(イタリク) は a  が誤植であるので α と編輯者が直されたのを再び a(イアリク)に誤植されたのではないかと想像されます。
数学的にも(よくは存じませんが)或る角を a で示すことはなからうと存じますが如何で御座いませうか。

回答: 皆 α(アルフア)にした方がよいと思ひます

一四四=三  賓頭 廬貝(で一字)(びんづる) …… 言海、辞林、大辞典 賓頭廬、     (初 賓頭廬)

回答: コレハ共ニ意見ナシ コレヲ用いた(廬貝(で一字))正シキ字ガナクバ (廬)ニサレタシ

一四七=六  咄嗟の間(かん)…… 間(あひだ)?

回答: かういふ時には 間(かん) とよみます。刹那の間(かん) 間(かん)一髪の如く。

一四八=三(注:正しくは4行目) 奴鳴る …… 從来は 怒鳴る、共存?

回答: 僕は統一して差支ナシト信ず。

一一二=一四  「さいなら …… さいなら(````)? 前数行御参照(初 コヽに ```` なし)

回答: コレガ(後者)ガヨカラン

一二五=一六  悪口(わるくち)…… 一二〇=八 悪口(わるくち)を正誤帳で「あくこう」と直しました。こゝは如何ですか。

回答: ココハ わるくち で差支なく思はれる、むしろベターと思はれる

筆者注: すでに述べたように、第三次全集の第1回配本は、第10巻『初期の文章』『詩歌俳句』であったが、これは大正13年6月5日に発行された。それに先だって、4月8日の日付がある、和田から安倍への問い合わせ書簡が2枚残っている。「安倍先生」に始まる冒頭の挨拶がないので、この前に何枚かあったと思われる。

○ (中立師範学科)は狩野氏(注: 狩野享吉のこと)に伺ひました上(中學 ……)と訂正致しました。

安倍: ソレニテヨカロウト思ヒマス

○  「セルマの歌」本文、一‐二行目に(阜、阜)(前は自、後は白)と二樣の字がつかつてありますが正字(後の方)をとりました。

注: なお、神代種亮から、岩波茂雄と和田宛、この文字を含めた見解を述べた書簡が存在するので、この回の最後へ添付する予定である。

○  但し漢詩 三〇九 頁一行(春風遍東阜)の(阜)はそのまゝといたしておきましたがよろしきや。(ここは朱線)
字典に(阜は阜の俗字。阜は阜の俗字。)とあり。

安倍: 「正字ニシ」を消して、「前回通ニテヨカラン」

○  「セルマの歌」 (強(つは)もの) は 原本によりて ルビ を生かした方よろしき様に思ひ、御伺ひいたしました次第です。

安倍: 御説ノ通リニテヨシ
○  一七四頁  crimson-tipped flow'r, (注: e にアクセント記号)につきましては早水様には二十六年頃の哲学雑誌なしとの趣です。恰度和辻氏が御来訪になつたので念の爲伺つて見ました処、韻の都合上(e)を発音させる爲に英詩に斯様な符号を用ふることはあり、全集の英詩は嚴密に原詩に引き合はせた筈だから、之でよいのだらうと申されました。まだ森田氏、桑木氏には何等の御問合せもいたして居りませんが、更に嚴密に調べる必要が御座いませうか。

○  (中立師範学科)については疾くに森田氏に伺ひましたのですが
多分原稿に斯くあつたのだらうから原稿を調べよとの御話しで御座いましたが、原稿なきためそのまゝに致しておきました次第で御座います。

右の中朱書の二點恐いりますが電話にて御指命願ひ度う存じます。「注: 朱書き」


(追加)正岡家へは「承露盤」の御話しのある前、一度御伺ひしましたが、その後多忙にてまだ御伺ひいたしません。今日、植村君が矢張り承露盤を見たいと申して居りましたので同君に依頼いたしました。和田
四月八日
安倍先生


(第8回からは、第2回に続き、再び、和田と小宮のやりとりを掲載する。)