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印刷文化論
雑誌に見られる理想女性像の考察―『主婦の友』を題材として
比較文化学類2年 200310486 後藤美雲
 
はじめに
 今日、膨大な数の雑誌が発行されており、その種類も実に様々である。とくに、毎月または毎週発売される女性誌の数は100冊を超え、ファッション、コスメ、恋愛、料理、コミックなど扱われる内容も豊富である。そして、その内容は時代時代で変化する理想の女性像を、敏感に反映している。では、それら女性誌はどのような女性像を、どのように大衆に伝えているのであろうか。今回は特に『主婦の友』を題材に取り上げて、論じていきたいと思う。『主婦の友』を取り上げるのは、現在でもかなりの部数を発行しており、また、女性特有の立場である「主婦」をターゲットした日本で初めての雑誌であるために、時代によって変化する理想的な女性像をより色濃く反映させているのでがないかと考えたからである。
 
『主婦の友』について
 『主婦の友』(創刊時は『主婦之友』)は、大正6年(1917年)2月14日、3月号を創刊号として発売された。創刊したのは、東京家政研究会(現・主婦の友社)代表、石川武美である。彼はこの雑誌を、その誌名の通り、特に中流階級の主婦をターゲットとした、家庭生活に直接役立つ実用誌とした。創刊号の内容は以下の通りである。
 「私の感心した独逸の主婦気質」(貴族院議員・山脇玄)
 「良人の意気地なしを嘆く妻へ」(農学博士、法学博士・新渡戸稲造)
 「十五人家内の主婦としての私の日常」(早稲田大学教授・安部磯雄夫人こまを)
 「温泉と浜辺とで神経痛を治す」(本郷協会牧師・海老名弾生) 
 「新婚の娘に与へた母親の手紙」(某博士夫人)
 「お金を上手に遣ふ五つの秘訣」(佐治実然)
 「三博士の母堂」―子ども3人を皆博士とした寺尾未亡人の苦心談
 「妻への注文二十ヶ条」―4人の青年紳士が細君に対する赤裸々の注文也
 「なんといって夫を呼ぶか」―多数の名流夫人方に向ひ各々の実際を尋ねました
 「子供が出来ぬといはれた私の出産」
 「表彰された節婦なみを訪ふ」
 「安価で建てた便利な家」
 「必ず癒る胃腸病の家庭療法」
 「共働きで月収三十三円の新家庭」
 「女子供にも出来る有利な副業」―養蜂の利益
 「お女中の心得」―お掃除の仕方
 「手軽な経済料理法」
 「主婦らしきお化粧法」
 「婦人の運命判断」
 「格好がよくて経済的な女児用の学校袴」
 「六十五円で六人家内の生活法」
 「月収八十五円の医学士の家計」
 「薪と炭の経済的使用法」
 「知らねばならぬ主婦の心得」
 懸賞募集「主婦座右銘」
大半が読んですぐに生活に役立つものばかりであり、節約法を中心に、家庭療法、レシピ、主婦としての心得、嗜みなどが取り上げられている。そして、そのほとんどが単なる理論ではなく、実体験や実験に基づくものである。これらは5つの依頼原稿を除いて、すべて石川武美によって取材され、まとめられた。彼は、i「小学校卒業程度の学力で理解できるほどのやさしい」記事をめざし、実際、ii「『主婦の友』の記事は、通俗的でわかりやすくつづられている点におおきな特色があった」とされている。しかし、その半面、iii「徹底した実用主義という立場は、現世肯定におちいりがちで、男尊女卑の生活秩序に対しても、厳しい姿勢をとることができなかった。むしろ女のモラルとして忍従のみちを説き、ひたすら内助をたたえることにもなった。この点は、良妻賢母主義のジャーナリズムをそっくりひきついだものともいえる」ともいわれている。石川自身の女性に対する考え方が記事にそのまま反映してしまいやすかったことも影響しているのであろう。確かに、見出しを見ただけでも、「主婦気質」、「妻への注文」、「主婦らしき」、「主婦の心得」など、男尊女卑や夫への追従を求める考え方に基づいた当時の理想女性像が感じられる。
 
良妻賢母主義について
 まず、良妻賢母主義とはどのようなものであろうか。それは、女の本分は家庭を守ることにあるという考えを根本に持つものであり、明治28年頃から始まった女学校教育を支配していた。
 良妻賢母を女子教育の指標として最初に唱えた中村正道は、その目的を「男におとらぬ、高い教養と広い知識をそなえるため」としている。つまり、彼が目指していたのは性差別によらない女子教育の推進なのである。しかし、彼の提唱した「良妻賢母」は当時主流であった男尊女卑の考え方によって変容させられてしまったようである。
 当時の女性誌も、この男尊女卑に基づく良妻賢母主義の影響を受けていたようである。その典型として『女鑑』(国光社、明治24年8月創刊、明治42年3月廃刊)が挙げられている。その創刊号の「発行の趣旨」を抜粋する。
  
 iv我国古来より、婦女にして文字を読み、技芸に長ずるもの多きこと、今日の如きは
 未嘗てあらざる所なるべし。然れども日本女子の特有なる貞操、節烈、優雅、温柔
 の美徳青史に輝き、千歳に芳はしきもの、今果たして何れのどこにあるか。・・・・・・
 日本女子の真相たる美徳は、其の敗頽年一年より甚だしきを見るあるのみ。己斬く
傍訓の新聞を読み得れば、家嫗の迂遠を笑ひ、僅に一片の就業の証書を有すれば、
其の夫を蔑にす、而して又女権の拡張を唱ふる者の如きに至りては、吾人言ふ所を
知らざるなり。すでに傲慢を以って心を充塞す。・・・・・・女子教育の要は、・・・・・・凡
何の邦国に於いても、其の一代に為せる功績は、其の名声こそ、男子に皈すれ。・・・
・・・今日の女子果たして、明治の男子を扶翼して、後代に貽すの偉業をなさしめ得べ
きか。・・・・・・女子教育の本旨は、その淑徳を啓発して、男子の功業を扶くるに足
べき、良妻たらしむるにあり。健全忠勇なる児孫を要請すべき、賢母たらしむるにあり。女鑑は、貞操節義なる日本女子の特性を啓発し、以って世の良妻賢母たるものを養成するを主旨とす。
 
ここには、西欧化による社会における女性の立場や態度の変化に対する憤りや恐れが表れており、女は功績を残すのではなく、男が功績を残せるように影で支え、従うべきであることや日本女子の特性を磨いてそのような良妻賢母を育てる必要があることが強調されている。
 
良妻賢母主義的雑誌と実用記事
 「実用的知識こそは、良妻賢母主義のジャーナリズム形成の主流をなすものだった」と言われているように、良妻賢母主義的立場をとる女性誌のほとんどが、その内容を実用的記事を主としていた。例えば、『女學世界』(博文館、明治34年1月創刊、大正14年6月廃刊)明治39年2月号を見るとその内容は「実験育児」「出産問答」「素人薬物学」「手軽西洋料理」「男子学生の女学生観」などとなっている。また、『婦人世界』(浪華婦人會、明治34年6月創刊)の明治40年5月号では、「私の感心せる女学生」「我が娘を嫁に遣りたる時の実験談」「子供に親の云ひ附けを守らせる秘訣」「育児問答」「結婚前の理想と結婚後の実際」「婦人衛生問答」「流行の髪飾品」などが取り上げられている。これらのほとんどすべてが生活に密着したものであり、また、一主婦である読者による投稿、体験告白によるものである。
 上記の良妻賢母主義の立場をとる雑誌の内容を見ると、それが『主婦の友』創刊号の内容と酷似していることがわかる。夫との関係、子供との関係、料理、節約、医療などそれらは家庭生活に直接役立つものであり、記事の扱い方についても権威ある人の説教、論文などではなく読者と同じ立場の主婦や読者自身の体験から教訓を得させようとするものである。つまり、『主婦の友』は明治から日本で主流となっていた男尊女卑、良妻賢母主義を受け継ぎ、そのような女性を理想女性像として掲げるジャーナリズムとして確立していたといえる。
 
現在の『主婦の友』
 では、現在の『主婦の友』はどのような女性像を唱えているのだろうか。
 現在も『主婦の友』は毎月一回28万部を発行しており、そのターゲット・主旨は変わっていない。『主婦の友』の読者層を見てみると、100%が既婚女性であり、その役62%が専業主婦・無職である。また、年収は500万円未満から700万円未満という、いわゆる中級階級、平均的な経済水準の人がほとんどを占める。また、その90%以上が子持ちである。(資料参照)
 また、取り上げられている内容や記事の扱い方も根本的には変化は見られない。むしろ、読者参加型という姿勢はより顕著になっていると言える。最新号である『主婦の友』2004年12月号の内容は以下のとおりである。
 「近藤典子さんのパパッと大掃除―ムダがない!ムリがない!ムラもない!」
 「「捨てる」で見つけた!心地いい暮らし―「古い」「狭い」が大好き!になる」
 「なべまかせで野菜たっぷり!我が家のNo.1シチュー&スープ」
 「連載:お料理一年生が行く!―松田万里子先生のカレイ煮付け」
 「連載:4人前3品千円以内 おすすめ晩ごはん献立―低カロリーでヘルシー!野菜6
    品以上を使った献立」
 「「家族のきずな」物語」
 「「やりくりダイアリー」つけて得した私の体験」
 「最新「保険」ガイド」
 「安カワ*ブーツカタログ46」
 「しょうが紅茶と42秒体操で冷えとりぽかぽかダイエット」
 「お正月に絶対役立つマナーQ&A」
 「連載:それでも働きたい!私の仕事 vol.15―書店の在庫管理・発注など」
 「連載:はじめてのガーデニング―コニファー&ミニシクラメンでクリスマスツリー」
 「奥薗嘉子さんのズボラ弁当教室―“同時加熱”&味がえワザで2種類紹介!」
 「Dr.コパの風水deもっと幸せに―魚の入ったなべで年末を締めると吉!」
 「家族みんなの風邪対策は@水分補給AうるおいBビタミンCで」
 「料理のギモン解決Q&A・23 アク抜きは何分?「こんにゃくの下ごしらえ」」
 「最新ニュース大研究!「幼保一元化」で何がどう変わる?」
 「お金のマメ知識F 固定電話→携帯電話 得するサービス その2」
 「ドーンとまとめてプレゼント!うわさの口コミコスメAおもしろバスグッズ」
 「ハッピータイムの思い出をすぐプリント!オールフォトカラリオは私たちの強い味方」
「子供に安心&冷えがちな私も大助かりのホットポーは、冬場の水分補給に最適」
「次に乗るなら、このクルマ20 マツダ「ベリーサ」」
「モニターが試してみました!最新家電 シャープの「ウォーターオーブン ヘルシオ」
「愛犬家、愛猫家、どちらも大満足のお掃除スプレー&お掃除シート」
「今月のお役立ち新製品レポート ライオンの「デンターシステマライオン」
森永製菓の「豆乳ココアカカオ2倍」」
「プレゼントアラカルト」
「岩野絵美子さんの生活カレンダー」
「おんなのからだクリニック」
「うちの本棚・わたしの一冊」
「おたよりネットワーク」
付録「2005年版 365+61日のやりくりダイアリー」 
  「おサイフ・カラダ・地球にやさしい 山崎えり子さんの冬の節約カレンダー」
  「100円ケーキと100均ラッピングで おうちでクリスマス!」
大変盛りだくさんであるが、これらすべては創刊当時と変わらず実用的なものばかりである。「節約」「簡単」「手間なし」「役立つ」「安い」などをキーワードに、また、普段から家にあるものを活用した掃除法・料理法・節約法といった、読んですぐに実践できる、役に立つ事柄を取り上げている。最近の多くの雑誌は、専属もであるやイメージキャラクターを設けているものが多い。ターゲットとしている年代や職業の中から、モデルを選び、そのモデルをカリスマに仕立て上げて、読者に模倣させるのである。しかし、『主婦の友』はそのような専属モデルやイメージキャラクターを設けず、記事のほとんどが読者参加型である。例えば、12月号の付録「やりくりダイアリー」に関連した「「やりくりダイアリー」つけて得した!私の体験」という記事は、実際に付録を使った読書モニターが3人登場し、それぞれがどのような目標を持って実践し始め、どのようにそれを活用し、どのような結果になったのか、どのような得をしたのかをまとめている。これと似たような扱い方をしているのが「しょうが紅茶&42秒体操で 冷えとりぽかぽかダイエット」である。ここには、冷え性と太り気味に悩む4人の読者モニターが登場する。彼女たちが専門医師のアドバイスを参考に、ダイエットプログラムをたて、それを実践した3週間を追っている。そして、彼女たちがどんな方法を試したのか、どういう結果を得たのかをまとめている。
『主婦の友』は、特定の先生や達人などが登場する場合でも、読者参加型という姿勢を崩さない。ただ権威ある人の言葉を直接文章にするのではなく、彼らから直接教わった主婦の体験談として記事を書いている。「松田万里子先生のカレイの煮付け」がそれである。これは、主婦(生徒)に扮する編集部の一人が、料理研究科の先生の下へ料理を習いに行き、失敗や間違いを先生に正してもらいながら学んでいくという内容になっている。このため、読者は生徒に感情移入しやすくなり、自分が直接先生に教わっているような感覚になるのであろう。また、特に特徴的な点は、商品広告も読者モニターによる体験記録になっていることである。上記の12月号の見出しの中で下線を付けてあるものは、商品広告である。これら6つの記事すべては、すべて読者モニターが実際に飲んだり、使ったり、乗ったりしてみての実体験に基づくものである。このような商品広告がこれほど多いというのは、普段私が読んでいる10〜20代向けのファッション誌にはあまり見られないことなので、大変新鮮であった。このように、『主婦の友』が現在も読者参加型の実用記事を主としていることからして、相変わらず、良妻賢母主義的立場をとっていることがわかる。
しかし、その良妻賢母像はやはり変化しているようである。男女平等主義が定着している現代に、男尊女卑はもはや通用しない。現代の『主婦の友』が掲げている理想女性像を、12月号の中の「「家族のきずな」物語」という記事がとてもよく表している。この記事には、数々の困難や問題を乗り越えた4つの家族が登場する。話題の中心は、病気、貧困、借金、離婚などの困難に対処する上で、それぞれの家族の妻・母がどのようにがんばったか、家族を支えたのかという点である。取り上げられているのは、夫の病気・後遺症という現実にもめげず、いつも明るく家族を励ます前向きな妻、結婚直後に夫が失職、節約で家庭を支える妻、実家の事業の借金と母親の病気という問題を抱えながらも、事業の建て直しを手伝い、節約で家計をやりくりしながら借金返済に励む妻、夫の両親に子供を虐待され、離婚を経験、子供の心の病に悩みながらも前向きに新しい家庭を築こうとしている妻である。4人に共通するのは、困難に遭っても常に明るく前向き・問題を解決するために行動力を発揮・夫、子供を励まし、支える・時には家族を引っ張る・そして、家族のありがたみを感じているという点である。つまり、現在の『主婦の友』が唱える良妻賢母は、創刊当時と変わらず能率よく経済的に家事をこなす主婦である半面、男尊女卑の考え方は消え、夫や子供を常に支え、引っ張っていく明るく強い女性であるということを雑誌から読み取ることができる。
また、「連載:それでも働きたい!私の仕事」という記事では、三歳と一歳の子供を育てながらも、書店でパートとして働く主婦を取り上げている。これは、女性は家にいるという考えが主流だった創刊当時には見られないタイプの記事である。ここでは、幼い子供を抱えながらも、週4〜5日パートとして働く主婦を取り上げ、どのように仕事と子育て、家事を両立しているのか、一日密着取材している。そして、結論として、仕事は主婦が「ママ」ではなく自分でいられる場所であり、家族の大切さをより実感させてくれるものであるとしている。このような家庭を土台にして、仕事や趣味も両立させる主婦も、良妻賢母の一人として認められており、これは女性が外で働くということが当たり前になった現代をよく反映していると言える.
 
おわりに  
 女性誌がどのような理想女性像を掲げているのか、それをどのように内容に反映させているのかを、特に『主婦の友』を取り上げてみてきた。時代の流れや教育に即した女性像を、『主婦の友』の場合は読者参加型の実用記事や読者の体験談を多く取り上げることで、良妻賢母主義を反映させているようである。婦人雑誌というジャーナリズムは、社会風潮を敏感に感じ取り、時代にあった女性像を読者に伝達しているのである。
 今回、『主婦の友』の創刊号をはじめ、何冊かの明治、大正時代創刊の雑誌を取り上げたが、それらの雑誌を実際手に取ることができなかったため、見出しからの推察や文献に頼らざるを得なかったのが大変残念である。また、題材を『主婦の友』に絞ったため、偏った考察になってしまった。今後、それらの雑誌を探すことに尽力すると共に、『主婦の友』だけでなく、他の生活情報誌、ファッション誌なども参考にして、さらに詳細まで調べていきたい。
 
 
参考文献
浜崎廣『女性誌の源流―女の雑誌、かく生まれ、かく競い、かく死せり―』(2004、
    東京、出版ニュース社)
永嶺重敏『雑誌と読者の近代』(1997、日本エディタースクール出版部)
『主婦の友社の五十年』(1967、主婦の友社)
「主婦の友」2004年12月1月合併号(主婦の友社)
参考資料
日本雑誌協会ホームページ
http://www.j-magazine.or.jp/FIPP/index.html

i
 
岡満男『婦人雑誌ジャーナリズム』(1981、現代ジャーナリズム出版)(p102、4)
ii (岡 p102、6)
iii (岡 p102、7)
iv (岡 p31―33)